画像引用)https://www.instagram.com/p/CIGEJQQBriV/
かつてテレビ朝日の人気アナウンサーを務めていた、前田有紀さん。
アナウンサーを退職後、花屋になっていたことが判明しました!
アナウンサーから花屋というと、あまり共通点がなさそうですがどんなことが理由でアナウンサーを引退したのでしょうか。
また花屋になった経緯についても、気になりますよね(^^)
この記事では、元テレビ朝日アナウンサーの前田有紀さんが引退した理由や、花屋になった経緯についてまとめています!
もくじ
テレビ朝日人気アナウンサー時代の前田有紀アナウンサー
前田有紀さんというと、サッカー情報番組『やべっちFC』のアシスタントMCを務めていました。
レンタルしたホリケンほっとけない芸人見てたら前田有紀アナウンサーが出てて、自分がやべっちFC見だした時前田有紀アナウンサーだったなぁ〜って懐かしくなった…笑 pic.twitter.com/8vpWgvzSvI
— まいける、 (@Michael_3_41) October 22, 2018
『やべっちFC』進行アシスタントとして初出演以降、スポーツやバラエティー、ニュースなど多くの分野で活動。
過去に出演していた主な番組はこちら!
- 銭形金太郎
- やべっちFC
- くりぃむクイズ ミラクル9
- 1億3000万人のとっておき!!実は…大事典
- アメトーーーク
- ロンドンハーツ
入社当初は「スポーツにかかわる仕事をしたい!」と、思っていた前田有紀さん。
テレビや新聞などメディア関係を志望して、就職活動を始めていました。
そこで、最初に応募したのがテレビ朝日のアナウンス部。
なんとそのまま合格し、あっという間に進路が決定!
時間も不規則な生活のなか、前田有紀さんはいつしか自然が恋しくなるように。
そんな前田有紀さんの癒しは、メインの仕事がサッカー番組だったためか、天然芝のピッチに立ったり、郊外のスタジアムに足を運んだりすること。
いつしか、そういった自然なことが大きな癒しとなっていきました。
入社して月日が流れ、いろいろな仕事がうまくこなせるようになり、アナウンサーとして5年目を迎えたとき。
仕事だけではない、自分自身の暮らしの部分をもっと見つめるようになったと話していました。
引退の理由とは
アナウンサー時代は、アスリートをはじめ、幅広い分野の第一線で活躍している人に会って取材をしてきました。
そんな生活を10年ほど続けていると、ある疑問が浮かんだそうです。
それは、「私が好きなものは何だろう?」と思ったことでした。
そう考えたとき、子どものころから憧れていた自然が好きであることを再認識。
こういったことに気付けると、選択肢も広がっていいですよね(^^)
そう思うと、すぐに行動へ。
花のアレンジメントやブーケ作りを教えてくれる友人がいたため、休みの日には何人かで集まって花について勉強することを始めました!
普通は考えるだけで終わってしまう人もいるなか、こうしてすぐに行動できることはとても凄いことですね!
それは、
仕事をどんなに頑張っていても、暮らしとのバランスがとれていないと幸せではない
という考え。
そんな考えから、花を買って家に飾ったり、植物を育てたりするようになったそうです。
アナウンサーという不規則な生活時間で活躍していると、深夜遅くに帰宅することも珍しくありません。
しかし、そんな疲れてクタクタになっているときに、玄関に飾った一輪の花に癒されることもあったとか。
こんな日々を過ごしているうちに、花に夢中になっていった前田有紀さん。
アナウンサーになり、入社してから10年。
キャリアを積んでいく一方、花について勉強したいと思うように!
もちろん、アナウンサーと並行して出来ることではあったものの、アナウンサーをやりながらではなく、一度時間を作り、自分と向き合いながら勉強することを決意。
花について留学するため、テレビ朝日を退社することとなりました。
花屋になった経緯は?
もちろん、アナウンサー時代も一生懸命で楽しかったものの、仕事上は基本的には受身の仕事でした。
台本を渡されて、それを間違いなく読んで視聴者に伝えること。
仕事の中身についても、自分が「これをしたい!」という意見よりも、言われたことに従っている毎日を通して、受身になっている自分がいたことに気付いたそうです。
前田有紀さんは、一度考え出したら止まらなくなってしまい、冒険心や好奇心がかなり強い性格。
小さいころ自然が好きだったことを思い出すと、花が好きだと再認識しました。
自然のなかでも、特に好きだったのは花や植物。
幼少時、夏休みには母方の実家の自然あふれる環境で、植物や野菜、花々に囲まれて生活していたそうです。
そんな経験もあり、花と緑に関わる仕事をしてみたいと思うと、もう止まりません。
アナウンサーの仕事について、周囲からはかなり恵まれている環境にいるとも言われた前田有紀さん。
それでも、植物を通してどんな出会いが待っているんだろうと思うと、ワクワクして、より花の世界に興味を持ったと話していました。
花屋になったその後
そして、語学学校に通い、フラワースクールのワークショップに通う生活。
また、コッツウォルズ・グロスターの古城にて、ガーデナーの下で、見習いガーデナーとしてインターンをするようになりました。
おうち時間を楽しむ。前田有紀さんの手掛けるフラワーブランド「gui」にて購入。素敵なアレンジ。オススメです。 pic.twitter.com/lFvoRN7Hdw
— 伏見学 (@manaby18) May 4, 2020
海外留学を経て、帰国後、生花店で2年半ほど経験。
一口に花屋といってもその実態は過酷なもの。
- 朝は早い
- 冬は寒い
- 夏は虫に刺される
- 服にはすぐに穴が開く
- 手もボロボロになる
女性にとっては、かなり辛いですよね・・
しかし、そんな過酷な生活のなかでも、すべてのことが楽しく、自分自身にパワーが湧いてくるのを感じていながら生活していました。
また、アナウンサー時代には経験しなかった分野にも挑戦。
- レジを打つこと
- お金を管理すること
- ペーパードライバーだったため、運搬が大変
アナウンサーとして知識は多くあったものの、花屋の経験を通して、自身には足りないことが多いということに気付かされた前田有紀さん。
しかし、一方でアナウンサーの経験を生かした仕事もありました。
それは、お客さんからアレンジメントやウエディングの装花の依頼があったとき。
どういったものを希望しているのか、掘り下げていく取材力に関しては、アナウンサー時代の経験が大きいのではないでしょうか。
花屋として、ただ販売するだけではなく、お客さんの想いや大切にしていることを聞いて、お花という形にするこの職業。
他にも、
- カリグラフィーのアーティストと一緒にワークショップを開いた
- インドネシアのカゴ商品とコラボして花を紹介した
- 花屋で移動式映画館のグループを呼んで短編映画を上映した
- コーヒーショップとのコラボで来店客にコーヒーを出した
ただ、販売するだけではなく、多くのことに挑戦していますよね!
今後は、新しい挑戦として、花と緑を手軽に生活に取り入れられるようなアイデアを紹介する動画作りを手掛けるそうです。
さらには、多くの人がアクセスしやすいウェブメディアで情報発信をすることも目指しているため、準備を進めているんだとか。
アナウンサー時代には受け身だった前田有紀さんですが、花屋の仕事を始めてから、すべての仕事の主導権は自分。
仕事の内容自体も自らクリエイトしていく必要があるため、能動的になったことが大きな変化だと話していました。
前田有紀 プロフィール
前田 有紀(まえだ ゆき)
生年月日:1981年1月17日
職業:フラワーアーティスト
出身高校:田園調布雙葉高等学校
出身大学:慶應義塾大学総合政策学部
小さいころから横浜の街中で育った前田有紀さん。
小学1年生のときには、東京まで満員電車で毎日通学していたため、自然に触れる機会はありませんでした。
しかし、母親の実家がある鳥取に訪れると、大自然がとても刺激的。
このことが、花や植物との出会いのきっかけとなりました。
こういったことが背景にあり、自然に囲まれたところで勉強したい思うように。
それが実現できる慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパスに入学。
SFCと呼ばれるこのキャンパス内には広い芝生と池、学校の周囲には田畑が広がり、養豚場などもあることで有名です。
入学後は、体育会のラクロス部に入部し、毎日早朝から河川敷で練習するため、草花や土にまみれる学生生活を送っていました。
大学卒業後、2003年にテレビ朝日へ入社。
2015年7月4日に大学時代の同級生と結婚を発表。
2016年12月21日に第1子男児を出産、2020年7月27日に第2子男児出産しています。
まとめ
元テレビ朝日アナウンサーの前田有紀さんについてまとめました!
引退した理由や花屋になった理由に関して調べると、前田有紀さんにはかなりの行動力があることが発覚しました。
30代になってから新しい仕事を始めるのは不安もありますが、前田有紀さんは1からスタートし見事成功していると思います。
もちろん成功するまではかなり大変だったこともあるかと思いますが、花屋になったことで、よりキラキラした素敵な女性になったのではないでしょうか。
今後の情報にも注目したいと思います!
【関連記事】